2008.12.28 Sunday
パワーグラフィック シマとのお別れ
25日のお昼前に、ウチの大親方の四股名(シコナ)ダイスケマンが、息を引き取ってしまった。
僕も、病院に駆けつけたけれど、ダイスケマンに会う10分程前に、医者が確認したそうだ。
間に合ったからドウとか、間に合わなかったからとかは何も気にならないのだけれど、まだ温かいダイスケマンに、僕は声を掛ける事が出来なかったよ。
この食の陣MAX!もダイスケマンが造ったものだ。
実際に僕は今でも、ブログはUpしているけど、トップページもブログも管理してはいない。 マズイねぇ…
そんな事は後から考える事にして、昨日イロイロと終わった。
25日は、他にも彼の友人が居たけど、(四股名)まるお・ニーヤンも駆けつけて来た。
けれど、病室からダイスケマンは運び出された後だった。
夕方、家族や友人と葬祭センターの人で、自宅に連れて帰ったそうだ。
僕は、一足早く僕の家に帰り、ダイスケマンの写真を整理していた。
写真を見ていると、まったく何て楽しい画像ばかり何だろう。
26日昼過ぎ、スゴイ冬型の天気。
気温も上がらず、雪混じりの風が強く吹いていた。
納棺の為にダイスケマン宅に行く。
まるお・ニーヤンも来た。
ダイスケマンを納棺の前に綺麗にして、スーツに着替えさせたんだけど、ダイスケマンは病人のくせに、デブのまま死んでしまったので重い事…。
ダイスケマンは、ふっくらしていてイイ顔をしていた。
きっと、楽に成ったんだと僕は思った。
なぜか僕は、葬祭センターの人に…
『ダンナサン、…して!』
『ダンナサン、…アレ取って!』
『ダンナサン、…コレやって!』
僕は、何のダンナサン!?
棺(ヒツギ)には、大好物の食べ物や雑誌、バイク用のジャケットやグローブも入れられた。
『 !!』
バイク用の靴が入って無いじゃん!
実は去年の草ツーの時に体調を崩してしまい、スーパーカー(救急車)で別の旅館(病院)へ泊まりに行ってしまった。
この時に、ダイスケマンはストレッチャーで運ばれて行った。
この時スーパーカーに靴を積まなかったので、病院で靴が無くて困った事に成っていたらしい。
ここでバイク用の靴を入れないのは、嫌がらせとしか思えない。
スーツ用の皮靴は履かせたけど、仮にだけど、仮にだよ、これがバイク用のジャケ&グローブじゃなくてさ、ダボシャツだったらさ、セッタも入れてあげないと罰ゲームだよ。
ダボシャツに革靴では… ^^;
という事で、バイク用の靴も入れて置きました。
出棺までの間、ダイスケマンの画像を僕らはスライドショーで観ていた。
死んじゃったダイスケマンを前に、僕らは笑いが絶えない。
だって、ダイスケマンはイイ顔して目の前に居るし、楽しいバカばっかの画像はドンドン流れて行くし…。 しょうがないんだよ!だって、ダイスケマンが…
出棺して葬祭センターに付くと、『あ!どうもどうも』。
ソコはこの間、僕らのバイク仲間の関屋のおっちゃ…お兄さんの時にも使った場所だ。 怒るからなぁ
まったく、二人も… ドモドモじゃー、ねっつうの(~_~;) まいるゼ


僕らは受付をするので、何て言うのだろうか、手土産の様な物にハガキを挿して、受付の準備を始める。
季節柄かな!?
なんだか年末商戦のアルバイトみたいな感じになった。
僕らは受付だったので、お通夜の様子はほとんど解らなかったけど、話を聞いたらイイお通夜だったそうだ。
お通夜は終わり、僕らも通夜振舞いの席へ向かう。
スグにダイスケマンも会場からやって来て、僕らは一緒に朝まで飲んでいた。

昨日の27日葬式が始まり、中盤から受付の僕らも式に参加した。
最後に式場に頂いた花を、みんなで棺に納めて花でイッパイにした。
僕はソノ花を収めている列の最後尾に並んだので、最後に花をイッパイもらって棺に入れる時、家族の方がダイスケマンの手にと言うので、手に花束を持たせた。
僕は、ココではコラエきれなかったよ
その後も花は詰込まれて、ダイスケマンは花だらけ、そして会場は殺風景な寂しい感じに成ってしまった。
斎場に向かい、コノ部屋を出ると、もうダイスケマンの身体を見れるのは最後に成ってしまう。

気付いた人はどれくらい居ただろうか!?
納棺の時にイロイロと納めて、免許書やパワー名詞、パワーステッカーも有った。
僕はステッカーは貼るものだと思ったので、地味にパワー棺桶にした。
カッケェ!!

終わりました。

あんなに重かったダイスケマンは、嫁さんが持てる位に成っちゃいました。

この場を借りて、友人一同の花を出して貰ったから、キッチリ割って後で友人に請求出すね。
友人一同に入りたいだろヽ(^。^)ノ
キッチリだから、お釣り用意しとかなきゃだな!
小銭だらけに成っちゃう…
僕も、病院に駆けつけたけれど、ダイスケマンに会う10分程前に、医者が確認したそうだ。
間に合ったからドウとか、間に合わなかったからとかは何も気にならないのだけれど、まだ温かいダイスケマンに、僕は声を掛ける事が出来なかったよ。
この食の陣MAX!もダイスケマンが造ったものだ。
実際に僕は今でも、ブログはUpしているけど、トップページもブログも管理してはいない。 マズイねぇ…
そんな事は後から考える事にして、昨日イロイロと終わった。
25日は、他にも彼の友人が居たけど、(四股名)まるお・ニーヤンも駆けつけて来た。
けれど、病室からダイスケマンは運び出された後だった。
夕方、家族や友人と葬祭センターの人で、自宅に連れて帰ったそうだ。
僕は、一足早く僕の家に帰り、ダイスケマンの写真を整理していた。
写真を見ていると、まったく何て楽しい画像ばかり何だろう。
26日昼過ぎ、スゴイ冬型の天気。
気温も上がらず、雪混じりの風が強く吹いていた。
納棺の為にダイスケマン宅に行く。
まるお・ニーヤンも来た。
ダイスケマンを納棺の前に綺麗にして、スーツに着替えさせたんだけど、ダイスケマンは病人のくせに、デブのまま死んでしまったので重い事…。
ダイスケマンは、ふっくらしていてイイ顔をしていた。
きっと、楽に成ったんだと僕は思った。
なぜか僕は、葬祭センターの人に…
『ダンナサン、…して!』
『ダンナサン、…アレ取って!』
『ダンナサン、…コレやって!』
僕は、何のダンナサン!?
棺(ヒツギ)には、大好物の食べ物や雑誌、バイク用のジャケットやグローブも入れられた。
『 !!』
バイク用の靴が入って無いじゃん!
実は去年の草ツーの時に体調を崩してしまい、スーパーカー(救急車)で別の旅館(病院)へ泊まりに行ってしまった。
この時に、ダイスケマンはストレッチャーで運ばれて行った。
この時スーパーカーに靴を積まなかったので、病院で靴が無くて困った事に成っていたらしい。
ここでバイク用の靴を入れないのは、嫌がらせとしか思えない。
スーツ用の皮靴は履かせたけど、仮にだけど、仮にだよ、これがバイク用のジャケ&グローブじゃなくてさ、ダボシャツだったらさ、セッタも入れてあげないと罰ゲームだよ。
ダボシャツに革靴では… ^^;
という事で、バイク用の靴も入れて置きました。
出棺までの間、ダイスケマンの画像を僕らはスライドショーで観ていた。
死んじゃったダイスケマンを前に、僕らは笑いが絶えない。
だって、ダイスケマンはイイ顔して目の前に居るし、楽しいバカばっかの画像はドンドン流れて行くし…。 しょうがないんだよ!だって、ダイスケマンが…
出棺して葬祭センターに付くと、『あ!どうもどうも』。
ソコはこの間、僕らのバイク仲間の関屋のおっちゃ…お兄さんの時にも使った場所だ。 怒るからなぁ
まったく、二人も… ドモドモじゃー、ねっつうの(~_~;) まいるゼ


僕らは受付をするので、何て言うのだろうか、手土産の様な物にハガキを挿して、受付の準備を始める。
季節柄かな!?
なんだか年末商戦のアルバイトみたいな感じになった。
僕らは受付だったので、お通夜の様子はほとんど解らなかったけど、話を聞いたらイイお通夜だったそうだ。
お通夜は終わり、僕らも通夜振舞いの席へ向かう。
スグにダイスケマンも会場からやって来て、僕らは一緒に朝まで飲んでいた。

昨日の27日葬式が始まり、中盤から受付の僕らも式に参加した。
最後に式場に頂いた花を、みんなで棺に納めて花でイッパイにした。
僕はソノ花を収めている列の最後尾に並んだので、最後に花をイッパイもらって棺に入れる時、家族の方がダイスケマンの手にと言うので、手に花束を持たせた。
僕は、ココではコラエきれなかったよ
その後も花は詰込まれて、ダイスケマンは花だらけ、そして会場は殺風景な寂しい感じに成ってしまった。
斎場に向かい、コノ部屋を出ると、もうダイスケマンの身体を見れるのは最後に成ってしまう。

気付いた人はどれくらい居ただろうか!?
納棺の時にイロイロと納めて、免許書やパワー名詞、パワーステッカーも有った。
僕はステッカーは貼るものだと思ったので、地味にパワー棺桶にした。
カッケェ!!

終わりました。

あんなに重かったダイスケマンは、嫁さんが持てる位に成っちゃいました。

この場を借りて、友人一同の花を出して貰ったから、キッチリ割って後で友人に請求出すね。
友人一同に入りたいだろヽ(^。^)ノ
キッチリだから、お釣り用意しとかなきゃだな!
小銭だらけに成っちゃう…
